今日も一人でお昼ごはん

コミュ障・人見知りで友達のいないぼっちおばさん専業主婦のひとりごとです。

私は、自分がされたようにしか子どもを育てることができない。

 

こんにちは。

 

子育て、難しいですよね。

私も毎日いろいろ考えています。

夫と言い合いになる原因はほぼ子どものことです。

子どもが巣立って、この家から存在がなくなってしまえば、そういう夫婦間のいざこざも減ると思いますが、話のネタもなくなりそう(笑)

 

私は子どもたちにあまり手をかけて育てていません。

それは、以前記事にしたと思いますが、私自身がほったらかしで育てられたので、子どもたちにどうやって手をかければいいのか、どの程度手をかければいいのかがわからないからです。

 

たとえば、小学生のころ、子どもたちが忘れ物をしても学校に届けることはほぼしませんでした。

忘れたんだからしょうがない、なんとか自分でやりくりするしかないでしょ、という考えです。

私も何か忘れ物をしても、親が学校まで届けてくれた記憶はほとんどないのです。

 

でも、ある時、テレビかラジオかなんかで、子どもをあまり突き放して育てるのはよくない、人に親切にすることを学ぶ機会を奪ってしまうから、という話を耳にして、それはそうかもしれないと思いました。

 

親が他人に優しく接したり、親切にしているのを見て、子どもは自然とそういう振る舞いができるようになるのでしょう。

しまった、私の子育て、間違えてたわ~と、かなり凹みました。

私は子どもたちに冷たく接していたつもりはなくても、子どもたちは冷たい人だと思っていたのかもしれません。

 

でもそうやって何か外からの情報が入らない限り、親はつい、無意識に自分がされたように子どもに接してしまいますよね。

それしか知らないのですから。

 

私の兄夫婦も子どもが二人いますが、あまり子育てに熱心な感じはしませんでした。

高校までは公立、大学は国公立は手が届かなかったので私立、お稽古事や塾は本人が希望すれば行かせていたようですが親のほうから熱心にかかわることはほぼなかったようです。

それでも二人とも大学を卒業してきちんと就職しているので問題はなさそうです。

 

我が家はまだ二人とも親の脛をかじっている状態で、これからどうなるか全くわかりません。

ちゃんと巣立ってくれればいいのですが。

 

二人とも中学から私立に入れたのですが、そこで知り合ったお母さんたちの子どもへのひたむきな態度にはびっくりしました。

子どもの勉強の状況や授業の進み具合、先生の評判など、ほぼすべてを把握しているお母さんもいて、雑は自分とあまりにも違っていました。

 

特に、娘の学校は熱心なお母さんが多かったです。

一人っ子さんも多かったので、なおさらそのお嬢さんにかかりっきりになってしまうんでしょう。

 

そういうお母さんたちを見て私も見習わねばと一瞬は思うのですが、できなかったです。

そのうち、子どもにも当てにされないようになってました。

見放されてたのかも。

 

ただ、息子の周りの、大学入学後につまづいてしまった同級生らを見ていると、ほぼ全員が過保護気味に育てられているのには気がつきました。

男の子に限って言えば、手をかけすぎるのは良くないってことなんでしょうか。

 

まあ、うちの愚息もまだちゃんと卒業できるかどうかわかりませんから、お前が言うなって言われそう(笑)

 

読んでいただいてありがとうございました。

 

 


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こんなにいいお天気だけど引きこもり

 

こんにちは。

秋の日は釣瓶落としといいまして、今午後2時ですが、もう日が傾いて夕方の気配が漂っています。

 

お出かけ日和ですが、今日は家に籠っています。

 

一昨日は好きなラジオ局のお祭りが東京タワーの近くの増上寺で催されていたのでそちらに行ってきました。

大好きなアナウンサーさん目当てで(私と同い年の男性です)。

グッズとかも色々買い込んで、満足して帰ってきました。

 

ラジオファンの人たちでけっこうな人出でしたが、中年、もしくは高齢の男性が目につきました。

やっぱりラジオって男性向きなのかしら。

私の周りにAMラジオファンの女性は皆無です。

やはり私は中身おっさんなんだなと実感しました。

 

午後からはジムに行って調子に乗って3レッスン受けてきました。

X55(筋トレ+有酸素)→ボディパンプ(筋トレばっか)→ストレッチの3つです。

けっこうきつくて今体中が筋肉痛です。

筋肉は休ませないと育たないので今日はジムもお休みします。

 

そんなこんなで引き籠る日曜日です。

 

今日は賞味期限の過ぎた生クリームをどうしようかと思い、スポンジケーキを焼いてそれに付けて食べればいいかと思い、10年以上ぶりでスポンジケーキを焼いてみました。

 

ネットで作り方を調べたら、今は両立て法が一般的なんですね。

昔私がやってたのは卵の黄身と白身を分けて泡立てる別立て法でした。

で、焼いてみましたが、見た目はふっくらと膨らんでいて美味しそうに見えるのですが、食べてみたらボソボソしていて美味しくないのです。

 

そういえば薄力粉を1回しかふるいにかけなかったなあ。。。

昔は3回くらいふるっていなかったっけ?

丁寧に作らないとこういう結果になるのねと納得した次第です。

 

今度作るときはもっと丁寧に。。。ではなく、失敗のほとんどないパウンドケーキにしようと思いました!

どうしてもスポンジケーキが欲しいときは、スーパーで出来上がったのを買うことにします(^^;)

 

ズボラでしょ?

 

読んでいただいてありがとうございました。

 

 


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人の立場を理解するのは難しい

 

こんにちは。

 

台風一過の青空で息子のベッドのシーツを洗濯したいのですが起きてこないのでできません。まあ、いいか。。。(^^;

 

もうずいぶん前になりますが、下の子が生まれてまだ1カ月くらいの頃、夫の会社の後輩夫婦が家に遊びに来たことがありました。

 

産後1か月というと、出産を経験された方ならおわかりだと思いますが、まだ授乳時間も不安定で睡眠時間もあまり確保できていない状態です。お母さんの体も元通りにはなっていなくてけっこう大変な時期です。

 

それでもせっかく来てくれるのだからと近所のレストランで一緒にご飯を食べました。

レストランでは赤ちゃんは夫に抱っこひもで抱えてもらい、食事をしました。

 

その後家でお茶をしました。

夜遅い時間になっていたので子どもたちをお風呂に入れたいし、出来れば早めに帰ってもらいたかったのですが、後輩夫婦にはまだ子どももいなくて、そういう産後の大変さは全く分かっていない様子で、なかなか帰ってくれなくて正直疲れました。

 

後輩夫婦は礼儀正しくとても好感の持てる良い人たちです。

それでも新生児の育児の大変さは体験していないのでわからないわけで、夫も私も特に彼らを責める気もなく、まあしょうがないかで済ませていました。

 

それから1年くらいして彼らもお子さんを儲け、まだ生まれて間もない可愛らしい赤ちゃんの写真入りの年賀状が届きました。

そこには「育児がこんなに大変だとは思いませんでした。いつぞやはまだ赤ちゃんが1カ月の頃にお邪魔をして本当に申し訳ありませんでした」という文が添えられていたのです。

 

私はすっかりそのことを忘れていたので最初何のことだかわからなかったのですが、あ、と思い出し改めて読み返し、すっかり感動してしまいました。

 

自分が間違ったことをしたと気が付いても、なかなか素直に謝ることって出来ないですよね。

時間がたっていればなおさら、なかったことにしてもらいたいと思うはず。

それを、わざわざ年賀状で謝ってくれたのです。

なんて素直な人なんだろうとちょっと感激しました。

世の中にはこんな人もいるのねと。

 

と、同時に人の立場を想像力だけで理解するのは本当に大変だと実感しました。

寿命を全うして親が死ぬというような、それほど不幸に見えないような出来事でも、実際に親が死んでみないとその気持ちを理解するのは難しいでしょう。

 

まして、重い病気にかかるとか、子どもを無くすとか、災害に見舞われるとか、運が良ければ体験しないで済むような出来事に関しては、当事者の気持ちを理解するなんてほぼ不可能だと思います。

 

ついつい自分の基準が世の中の基準だと思ってしまいがちですがやはり謙虚でないといけないなと改めて思った出来事でした。

 

そんな殊勝なことを考えつつ、その年賀状を見ていると、初めての赤ちゃんの育児に右往左往している後輩夫婦の顔が浮かんできてちょっとニタニタしてしまいました(^^)。

今も年賀状だけやり取りしていますが、素敵な家庭を築かれていることと思います。うちのようなポンコツ夫婦と違って。羨まし~。

 

 

 

 
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図書館で本を借りるということ

 

こんにちは。

 

私はほとんど図書館は利用しないのですが、私の周りの人で図書館を使っている人は多いです。

 

私が図書館を使わないのは(子どもたちが小さい頃はよく行ってました)新品の本が好きなのと読みたい本をすぐ手に入れたいからです。 

図書館だと読みたい本は見当たらないことが多く(貸し出し中なのかもともとないのか)、じゃあ買うか、みたいになってしまいます。

手垢が付いていたり書き込みがあったりするのもあまり好きではないので。

 

それと、これは大人になってから感じるようになったのですが、借りて読んでしまうと書いた人には一銭もお金が入らないというのはなんだかおかしいんじゃないかと思うようになりまして。

 

中にはあ~失敗した、買うんじゃなかった的な本もあるわけですが、本当に自分の好きな作家さんとか、いろんなところで良い本だという評判を得ている本は買って読みたいのです。

 

正確な統計なんて全くわかりませんが、私の周りの図書館愛好家は経済的にも時間的にも余裕のある専業主婦が多いような気がします。

彼女たちにとって本なんてそんな高いものでもないのだから、お金出して買えばいいのにってひそかに思っています。

その本で情報を得たり、充実した時間を過ごすことが出来たのなら、それを書いてくれた人に感謝の気持ちとともにに報酬も差し上げたいと。

 

最近はキンドルなどの電子書籍も愛用しています。

以前はラインナップに不服があり手を出さなかったのですが、いざ使ってみると字の大きさや明るさを自分好みにアレンジできるので、老眼が進みつつある私には大変使いやすいことがわかり、すっかりハマってしまいました。

欲しい本が電子書籍化されてないこともありますが、リクエストを送って電子書籍化されるのを待つか、紙の本を買うかしています。

 

電子書籍に至っては、物ではなくまさに情報そのものにお金を払っているわけですから、自分が何に対してお金を出しているのかを明確に意識することになります。 

 

 

なんだか偉そうに書いてしまいました。

読んでいただいてありがとうございました。

 

 


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元気な高齢者は自分を高齢者とは思っていない

 

こんにちは。

 

ブログの更新が週末しかできなくなってきました。

ブログを始めた頃は仕事をしていなかったので、平日も時間がたっぷりあったのです。

今は午前中だけとはいえ週5でパートのお仕事、3カ月ほどお休みしていたスポーツクラブ通いも復活したため、パートとジムと家事でほぼ一日が終了してしまいます。

 

毎日決まった時間にちょっと短めで軽めでおしゃれな感じの記事を上げるというのが理想ですが、文章書くのに時間のかかる私には無理だし、ましておしゃれな感じなんて、おしゃれでない私には無理だ~(;^ω^)

 

お仕事ですが、以前悩んでいた会長からのメモによるダメ出しはもうなくなりました。

会長さんはリア充で毎日いろんな所を飛び回っていて、パートの私のことを気に掛ける時間もそれほどないのだと思います。

この間も3週間ほどヨーロッパ旅行に出かけてましたから。

いやもう、そのへんの40代50代の人たちよりよほどお元気です。

お二人いる子どもさんたちもそれぞれ独立して所帯を持っていて、でも同じマンションに住むという、まさに理想的な高齢者です。

私とは対極にいる感じの人ですね。

 

ア〇ーディオン仲間のおじいちゃんもすこぶる元気です。

ほぼ毎月どこかに旅行に行っています。

それも、首都圏から近畿まで自分で車を運転して行っちゃうとか、東北のほうの山に登っちゃうとか、やはりそのへんの4,50代の人たちよりずっと元気です。

というか、元気なうちに行けるだけ行っておこうという焦りがあるようで、アクセル全開で出かけまくっている感じです。

孫の自慢話なんて全然しないし。

孫に時間割きたくないのかも(笑)

こちらも二人いるお子さんたちは何の問題もなく独立して所帯をもっていますし、やはり理想的な状況だと思います。

 

会長もアコ仲間のおじいちゃんも自分のことを高齢者だとは思っていません。

おそらく、元気な高齢者はみんなそうだと思います。

高齢者というのはすこし足腰が弱って歩くのもおぼつかなくて耳が遠くて毎日病院通いをしている人、みたいなイメージでとらえているんでしょうね。

 

でも、高齢者用のバスの割引制度はお二人ともちゃっかり利用してます。

そういうところはぬかりないのよね~ふふふ。

 

読んでいただいてありがとうございました。 

 

 


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歌詞かメロディーか

 

こんにちは。

 

先日見ていたテレビで「あなたは歌を聴くときに歌詞を重視しますか?それともメロディーを重視しますか?」みたいな質問がありました。

 

私は超有名で一時期一世を風靡したあるミュージシャンの作る歌の歌詞が好きではありません。

その人が他の歌い手さんに提供した歌も、歌詞が私には受け入れられないのでメロディーが良くてもやっぱり好きではないのです。

と、言うことは、私は歌詞を重視しているのでしょう。

 

私は大学生の頃、「異邦人」で一躍有名になった久保田早紀さんが大好きで、アルバムもほとんど持っていました。(嵩張るレコードは引越しのときに処分してしまいました( ;∀;))

彼女の歌の何が好きかというとそれはメロディーです。

高音から低音までたくさんの音を贅沢に使い、変化に富んでいてまさにメロディアス。

たわわに実った葡萄の房のようなイメージ。

歌詞を乗せなくても十分聴くことができます。

 

と言うことは、私は歌詞よりメロディーを優先しているとも言えます。

 

で、そのテレビ番組に出演していた先生方が、「メロディー重視なのは精神的にちょっと幼い、大人になるにつれて歌詞の良さがわかるようになり、歌詞重視になる」と言っていました。

まあそれはそうに違いないですが、でもちょっと違和感を覚えましたね。

 

クラシック音楽は、オペラや歌曲を除いてほぼ全てが器楽曲ですが、それを聴くとき、言葉では表されていないけれど何か訴えたり伝えたりしていることを感じたり、風景やなにかのイメージが心に浮かんできたりします。

 

それは、歌詞のようにわかりやすいわけではないので、やはりある程度年齢を重ねないと感じ取れないのではないでしょうか。

 

だから、メロディー派はお子ちゃまというのはちょっと短絡的だと思いました。

 

まあそもそも歌詞かメロディーかなんていう質問が変なんですけどね。

音楽ってそんな単純なものではないですから。

 

読んでいただいてありがとうございました。

 

 


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存在感

 

こんにちは。

 

木曜日はジムには行かない日なのですが、先日から出るようになったボディバランスのクラスがちょうど午後にあったので、ちょっと出てみることにしました。

 

そのクラスのイントラさんは、以前私が欠かさず出ていたボディステップのイントラさんで、綺麗で可愛らしくてとても優しい先生です。

でもそのクラスが終わってしまって、それ以来5年ほど、彼女のレッスンには出ていませんでした。

レッスンが始まるギリギリの時間にスタジオに入ったので、先生とも挨拶なしでレッスンが始まってしまいました。

 

レッスン後、たぶん私のこと覚えてないだろうからさくっと挨拶して帰ろうと思ってたら、先生の方から「お久しぶりですね!」と声を掛けてくれたんです。

まさか覚えてくれているとは思っていなかったので、びっくりしました。

嬉しくて舞い上がってしまいましたがとりあえず笑顔でお礼を言ってちょっとだけお話ししました。

改めて優しくて気が利く良い先生だな~と思いました。

 

小さい頃から目立つのが苦手で、集団の中では目立たないようにいつも後ろの方に立って大人しくしていました。

そんなことばかりしていたら、いつの間にかいるのかいないのか分からないような存在感の薄い人になってしまいました。

私の方はよく知っていても相手には「え、誰だっけ」みたいな反応をされることも多く、ますます人に話しかけるのが苦手になってましたね。

 

誰かに存在を覚えてもらっていたことなんてそんな大したことじゃないかもしれないですが、私には大したことで、とても嬉しい事でした。

思い切ってレッスンに出て良かった~(#^^#)

 

読んでいただいてありがとうございました。

 

 


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