ショートスリーパーなので夢を見ない(もしくは見ても覚えていない)
こんにちは。
相変わらずアメリカの動向が気になって仕方ない管理人です(笑)
他人事だから面白く感じられるんでしょうね。
自分の国のことだともう腹の立つことばかりであまり考えたくなくなってしまうので。
トランプさんへの反応を見ていると(日本人の)、とにかく受け入れられない、許せない、という人と、彼の人間性はひとまず置いておいて、今後どのような政策を進めていくのか、それが結果的に世界経済の発展や平和維持に結びつくのであれば受け入れる、という人に綺麗に分かれているように見えます。
さっそく犯罪歴があるなどの違法性の強い移民を国外追放すると言ってますが、親は違法であってもアメリカで生まれた子供はアメリカ国籍を持っているし、そういうケースにはどう対応するつもりなんでしょうか。
子どものいない人だけ追い出すとか?
手続きもものすごく煩雑になるだろうし、本当に実現するんでしょうかね。
すみません、タイトルと関係のない話が長くなってしまいました。
こういう世間話をする相手が家族以外にいないので、ここでついおしゃべりしてしまいます。
私は夜は1時半ごろに寝て、朝はお弁当作りのため5時半に起きます。
平均睡眠時間は4時間ですね。
ベッドに入ったら一瞬で寝てしまいます。
ぐっすり眠って、スマホの目覚ましで5時半に起こされます。
眠いけど寝起きはすこぶる良いです。
あまりにも眠りが深いからか、ほとんど夢を見てません。見てたとしても起きた瞬間に忘れてるのかも。。。
若いころから睡眠時間は短くて、子どもたちのように昼まで寝るってことはほとんどなかったです。(大学入試が3日続いたときは、さすがに疲れ果ててお昼まで寝てしまいましたが)
でも睡眠不足なのは確かなので、昼間はいつも眠いです。
家にいる日は午前中と午後に30分ずつお昼寝をして、帳尻を合わせています。
子どもたちには夜10時頃にはテレビを見ながらウトウトしてるって言われてますが(笑)
なのでいつでもどこでも寝ることが出来ます。
以前はよく仕事に行く前に5分だけ寝たりしてました。
夜行バスでもぐっすり寝ちゃいますし美容院のシャンプーの間にも寝てしまったことがあります。
脳波の検査のときも検査技師の方に「あ~ちょっとちょっと、寝ないでくださいね」って注意されこともありますし、脳のMRI検査の時もあの騒音の中、ぐっすり寝てしまいました。
そのせいでバスや電車で何度乗り過ごしたことか(^^;)
座るとただちに眠くなってしまうので、座っちゃいけないんですけどね。
母もよくダイニングテーブルで居眠りしていましたね。こういうのって、やっぱり遺伝なのかな。
母は亡くなる2年前くらいから、睡眠時間がどんどん長くなり、食事中にも眠ってしまうほどでした。そして眠るように亡くなってしまいました。
私もいずれ母みたいになるのかも。
あ~、そろそろ眠くなってきました。。。
読んでいただいてありがとうございます。
スカルラッティをひたすら練習する日々
こんにちは。
まずお詫びから。
11月10日と14日に公開した記事は、削除いたしました。
沢山の☆と、コメントを下さった方には、本当に申し訳ありません。
アメリカ各地でヘイトスピーチや人種差別的な行いが横行しているというニュースを耳にして、やはり私の考えは軽率だったと思いました。
今後はもっともっとよく考えて書きたいと思っております。
すみませんでした。
さて、楽器のお話ですが、やっとこさ楽譜を手に入れて、指使いを先生に教えてもらって、ようやく練習にこぎつけました。
ピアノだったらそれほど難しくはないのですが、私が演奏する楽器は右手の鍵盤も左手のボタンも目で確認できないので、手探りで指に位置を覚えこませないといけません。
これが大変なのです。
別名「悪魔の楽器」とか言われてしまうわけです。(難しいので・・・)
やっと、半分くらいまでえっちらおっちら弾けるようになりましたが、ここに至るまでは、指がなかなか覚えてくれなくて、何度もイライラっとしました。
子どものころピアノの練習をしているときも、思うように弾けなくて泣きそうになってたことを思い出します(笑)
あの時とあんまり変わってないな~私(^^;)
発表会はまだ半年先なのでそれまでに頑張って仕上げていきたいです。
読んでいただいてありがとうございます。
落ち込んだ時の対処法
こんにちは。
昨日からちょっと気分が落ちてきています。トランプのせいです。いや、違います(笑)
何かすごく嫌なことがあったわけではありません。専業主婦はやはり、仕事をしている主婦よりストレスはとても少ないです。
実はちょっと娘の学校の関係でやらかしてしまいまして(;^ω^)。。。
でもそれもそんなに気にしてないかな、アハハ~(笑)
ママ友界隈でそんな高い評価を得たいとか思っていないので。
自分に疲れるんですよね~。夫にも疲れていますが。
トランプ大統領の件にしても、同意見の人がほとんどいない→やっぱり私の考え方や振る舞いはおかしい、変、頭のねじが1,2本抜けてるんじゃないか。
そんなことをぐるぐる考えているうちにどよ~んとしてきます。自分が嫌になってしまう。
どこにいても疎外感を感じです。
こういう気持ちに捕らわれてしまうと、ますますひがみっぽくなってしまうのです。いかんいかん。。。
なので、落ち込んだ時は、とにかくあまり考えないようにしています。
家に1人でいるとますます落ち込んでしまうので、なるべく外出するようにして、もしなにか参加できるような集まりなんかがあれば参加して、誰か他人と話をするようにします。
なおかつ、なるべく体を動かすようにします。私の場合はジムに行きます。
なので、今日は雨ですがお出かけします。頑張ります。
読んでいただいてありがとうございました。
体脂肪率の不思議
こんにちは。
通っているジムの体重計(体組成計)に時々乗ってみるのですが、そこで出てくる数値が、家にある体重計の数値とけっこう違うのです。
これってよくあることなのかな?
そういう話ができるお友達がジムにいないので、私の中では謎のままです。
ジムで計ると体脂肪率は20%ですが、家で計ると23%になってしまいます(~_~;)
どっちも有名なタ○タの体重計なんだけど。
体組成計の方が右腕左腕右脚左脚体幹と、パーツに分けて細かく計るので、そっちの方が正確な気もするけど。。。
ジムのスタッフさんに聞いたこともありますが、う~ん、なんでですかね~って言われてしまいました。
結局、20%でありたい!と思いつつ、23%かもしれないから頑張って運動しようというところに落ち着いております。
大事なのは体重より体脂肪率より筋肉量ですからね、50歳過ぎたら(^^;;
体重が減ったら確実に筋肉も減っているはずなので、きちんと食べて、今の体重を維持したいです。
以前テレビでものすごく元気な、百何歳かのおばあちゃまが紹介されてましたが、立派な太股に感動しました。
あのおばあちゃまの元気はあの太股のおかげに違いないと、私のささやかな目標にしています。
読んでいただいてありがとうございました。
とんがってる?
こんにちは。
昨晩、息子に「お父さんとお母さんはとんがってるよね」と言われました。
とんがってる?私が?と、びっくりしたのですが。。。
昨日息子はお芝居を見に行ったそうで、そのお芝居をしている劇団が、私と夫が卒業した関西の某大学のOB・OGで構成されていたそうです。
劇団員に有名な俳優さんなどはいないので、私は全く知らなかったのですが、息子にはそのお芝居がかなり面白かったらしく、感想を饒舌に語っておりました(普段は割と無口な子です)。
私と夫の母校であるその大学は、お笑い系も強く、そこ出身の芸人さんもけっこういます。
そんなこんなで息子の中で、その大学の評価がぐんぐんと上昇していったのでしょう。
自分の出身大学が褒められると悪い気はしないので私もホクホクしてしまいましたww
で、その大学は芝居やお笑いでリードしている=とんがっている、そういうばうちの父ちゃん母ちゃんもいろんな意味でとんがっていたと思い至ったのかな。
私がもし「とんがっている」としたら、それはやはり成績表が廃止された、「とんがった」地域の「とんがった」小学校の影響があると思われます。
私が生まれ育ったのは団地で、私は団地第一世代でした。
団地と言っても今の団地とはかなり雰囲気は違っていて、団地はそのころの「ハイカラの象徴」でした。
狭い家でしたが、設備は時代の最先端を行く、最新のお家でした。
うちと同じような、まだ子どもが小さい若い夫婦が大挙して引っ越してきたので、とにかく町全体がにぎやかで元気いっぱいでした。
お母さんたちはほとんどが専業主婦で、教育熱心で、子供会活動も盛んでした。
共産党が強かったというのも、ハイカラでリベラルな考えを持っていた住人が多かったからだと思います。
母の影響もありますが、そういう地域で育ったおかげで、リベラルっぽい考え方が骨の髄までしみ込んでしまったのかもしれません。
夫とはあまり楽しい会話はできなくなっておりますが、政治の話だけは意見がほぼ一致するので、気持ちよく会話ができます。
息子の発言で、子どもって意外と親のことを冷静に観察しているのだなと思った次第です。気を付けなきゃ(^^;)
タワーマンションの住人
こんにちは。
タワーマンションの上階と下の階では購入代金が違うのに税金が同じなのは不公平、ということで見直しされるそうですね。
知人で、このところ人気急上昇中の某エリアのタワマンのかなり上階に住んでる方がいるのですが、「下の階の方とは違うから・・・」みたいな発言があって、やはり上階の住人は特権意識を強く感じているのだと思いました。感じわる~(笑)
ニューヨークは町全体がタワーマンションだらけで、確かに上の階になるほど家賃も高くなっていましたが、間取りや造りは上階も下階もだいたいいっしょなので(私の知る限り)、特にそういうヒエラルキーみたいなものは感じませんでした。
知人が同じアパートの最上階(ペントハウス)に住んでいたので、期待してお家に伺ったら、うちと全く同じ間取りだったので拍子抜けしたことがあります。
窓から見える景色も、高けりゃいいというものでもないし、それぞれ好みがあるでしょうし。
それに比べると、日本のマンションは、上階になるにつれて徐々に間取りが広くなって造りも豪華になっていきます。まるで飛行機のファーストクラス・ビジネスクラス・エコノミークラスのように、同じ建物の中で貧富の差がもろに見えてしまうので、「特権階級」意識が生まれてしまうのでしょうね。
そういう構造で、同じマンションに子どもの幼稚園が同じママさんとかがいたら、さぞかし付き合いもめんどくさいだろうなあと勝手な想像をしております。
以前勤めていた会社は、マンション管理の下請けをしていたのですが、普通のマンションと違ってタワマンは膨大な手間と時間がかかって大変なのに(事務もです)、ほとんど儲けがない状態だったので、あまりよい印象はなく・・・
なのでタワマンに住みたいと思ったことはありません。
読んでいただいてありがとうございました。
藤原竜也さんの舞台「鱈々」観てきました。
こんにちは。
先日、藤原竜也さん主演の舞台、「鱈々」を観てきました。
藤原竜也さんは、テレビでは何回か見ていて、いつも絶叫しているイメージだったのですが(すみません(^^;)、初めて生の舞台での演技を見て、彼は舞台の人なんだと思いました。存在感がハンパない。繊細な演技も素晴らしかったです。
登場人物は4人、舞台セットも変わらず、余計な説明もない、本当にシンプルで抽象的なお芝居でした。
ストーリーの説明とかは省きますが、心の支えになっていた仕事のやりがいを失い、愛する人にも去られてしまった主人公の絶望を、静かに静かに演じる藤原竜也さんに心鷲掴みにされてしまいました。ファンクラブに入いりたくなっちゃった( *´艸`)
もう一度観たくなるお芝居でした。
芝居鑑賞(ストレートプレイ)は最近ハマりだした趣味ですが、映画などと違ってあまり情報が与えられないので、観てみないとどんなものかわかりません。
今回のお芝居なんて、いったいどういうものなのか、悲劇なのか喜劇なのかもわからず見に行ったくらいです。
なので、ハマるものに出会ったときはやった!って感じですね。
藤原竜也さんの舞台はこれからも見逃さないようにしていきたいです。
読んでいただいてありがとうございました。
スカルラッティとテキトーな先生②
こんにちは。
以前書いた、スカルラッティとテキトーな先生の続編です。
先日レッスンがあって、発表会の曲がスカルラッティのどの曲かわからない問題、さっそく先生に聞いてみたら、案の定すっかり忘れていたようで、先生、レッスン時間中なのに必死でYoutubeで探し始めてしまいました。
「今探すか?」と呆れながらも黙って待ってましたけど。。。
レッスンは1回40分を月2回で1万円ですから、10分でおよそ1,000円消費してるわけで、なので1分だって無駄にしたくないのが本音です。
でも先生にそんなこと言えません(-_-;)
先生はよく遅刻もしてきます。とにかく時間にルーズなのです。
先生の遅刻癖にはみんな迷惑しているのですが、先生を管理する事務局がしっかりしていないのでなかなか改善しません。
いい先生なんです。指導も熱心だし。。。でもちょっとだらしないのです。
あ、なんか愚痴吐きになってしまった(;・∀・)
で、やっとこさYouTubeで見つけて、どの曲か判明しました。
楽譜はどこどこ社から出ているこれにして、とかいう指示もなく、自分で探してってことだったので、ネットで調べて、某大手楽器店の本店の楽譜コーナーで見つけてようやく手に入れることが出来ました。
レッスン中、たまたまグリーグの曲を弾いていたら、「あ、そうだ、グリーグもいい曲があるのよ!発表会にはこっちでもいいわよ。スカルラッティとどっちか好きな方を選んで」
って言われたのですが、またその曲のタイトルをはっきり思い出せないようで、
「なんかね~、農民の歌、みたいなタイトルだったわ」
って言われて、それも探してみたのですが、そんなタイトルの曲は見当たらず、もうめんどくさくなってスカルラッティにしました(^^;)
ほんとテキトーな先生だわ。
読んでいただいてありがとうございました。
今日も楽しくぼっちジム
こんにちは。
ジムでは相変わらずのぼっちですが、楽しく通っています(*'▽')
今日もエクストリーム55で追い込んできました。
先週から新しいナンバーがリリースされて、少し慣れてきたところです。
前回のナンバーよりかなりキツい内容になってます。
が、大好きだったボディステップ風味のステップが一部出てきて(シングルシングルダブルっていうステップ)、そこが来るともう楽しくて、休憩のステップなのにピョンピョン飛んでしまいます(笑)
イントラさんもそれがよくわかっているみたいで、ボディステップ風味の振り付けを勝手につけちゃってましたww
脱衣所の体重計に久しぶりに乗ったら予想通り増えていたのでこれはまずいと思い、もう一度フィットネスフロアに戻って体組成計に乗って詳しいデータを調べてきました。
そしたら増えていたのは脂肪ではなく筋肉量だったのでホッとしました┐(´∀`)┌ヤレヤレ
ボディステップがなくなって、かなりモチベーションが下がっていましたが、X55のおかげでもうしばらくは楽しくジム通いが続けられそうです。
X55ありがとう。
オタクな話になってしまいましたが読んでいただいてありがとうございます。
懺悔の時間( ;∀;)
こんにちは。
着付け教室に7月から通いだして今までに60万も使ってしまいました。
ごめんなさい。
4か月で60万・・・やはり使いすぎでしょう。
もちろん、家のお金やへそくりじゃないですよ、私の貯金から出しています。
でも夫に知れたらヤバいなあ(;^ω^)
いくら自分のお金とはいえ、着物です、なくても全然困らないものです。
無駄遣い決定です。
着付け教室に通ったことのある知人には、「絶対買っちゃうわよ、欲しくなるんだから。でもたぶん着なくなるから買ったらダメよ」と、釘をさされていたんですけどね。
着物でお出かけ、となると、いろいろ足りないものが多くて、揃えたくなっちゃうんですよね。
60万の内訳は、
袋帯2本(それぞれ10万)、草履2足、バッグ2個、ショール2枚、
塵除けコート(10万)、母の着物の仕立て直し3枚(19,000~120,000)
でございます。
着物の値段としては、決してお高いものを買いそろえているわけではないのですが、洋服として考えると、高いよなあ。。。
最近は洗える着物とか、びっくりするくらい安いものも出回っているのですが、目が肥えてくるとやはりいいものはそれなりのお値段がつくこともわかってきます。(着物に限ったことではないですが)
安物を買っても大事に扱わないこともわかってきます。
それと、これは着物業界に限ったことですが、需要の減少に伴って職人さんもどんどん減ってきていて、質のいい商品も出回らなくなってきています(欲しくても手に入らない)。
今の着物より昔の着物の方が質がいいので、おばあさんやお母さんの着物を仕立て直して着ることになり、1枚の着物が何代にもわたって着られることにもなります。
そう考えると、着物って無駄がなくて、物を大事にする、日本人の文化を体現したものなのだと納得できます。
↑
イマココ 私が着物を理解してる地点。
私も今のところ、着物は新調していません。
母が嫁入り道具に持たせてくれた何枚かの着物と、母が持っていた着物を何枚か仕立て直せばもう十分かなって思っています。
ちょっと流行遅れな雰囲気はありますが、良い品なのはど素人の私にもわかるので。
流行よりも質ですね。
大事に扱って、娘に残してやりたいと思っています。
と、長い言い訳に付き合ってくださってありがとうございました。
あと、名古屋帯があればいいんだけど~(笑)
今どきの子の勉強法
こんにちは。
昨晩のことです。
娘が、志望大学の過去問をやってみたけど難しすぎてさっぱりわからないと言って、私のところにやってきました。
英文和訳の問題だったのですが、たしかに、見たことのない単語もあって難しそうでした。
とりあえずわからない単語を辞書で調べてみたら?と娘に言ったら、部屋に行ったきり戻って来ません。
何をしているのかと思ったら、辞書を探していたのです。
え?辞書、毎日使ってるよね?なくなるわけないやん。
よくよく聞いてみると、日ごろ、辞書は使っていないのでどこに行ったかわからないと。
知らない単語があったら「試験によく出る英単語」などの単語集で調べていたそうです。
辞書って言っても電子辞書ですよ。紙の辞書に比べて目に入る情報量が圧倒的に少ないヤツです。
まあ、そんな子どもの勉強法に今頃気が付く親もどうなん!って思いますけどね。。。(;・∀・)
もう、紙の辞書なんて20世紀の遺物になりつつあるのでしょうか。
私はニューヨークに滞在していたころも、NEWYORK TIMES紙を、辞書を片手に一生懸命読んでいました(真面目か!(笑)
あれから何十年たった今でも、英文解釈では息子にも娘にも負けていません。
やはり、紙の辞書を引き引き、地道に勉強してきたからだと思います。
同じ単語でもいろんな意味や用法があるので、何度も何度も引いた覚えがあります。辞書も手垢で黒くなっていました。
若いころに電子辞書がなくて良かったと本気で思っている母です。
読んでいただいてありがとうございます。
事なかれ主義
こんにちは。
黒岩市の写真コンテストの話、大事になってしまいましたね。
これって、やはり黒岩市側の事なかれ主義が根底にあったのではと思います。
主催者なのに責任を取りたくない、批判されたくないという後ろ向きな無責任さがこういうみっともない結果を引き起こしたのではないかと。
批判されたらとりあえず謝罪する、でも言い訳もする、逃げる、一刻も早く周囲が忘れてくれることを願う、とにかく時が過ぎるのを待つ。。。そんな感じに見えます。
事なかれ主義がいかに害悪をもたらすものであるか、改めて思いました。
私自身も子育てに関して事なかれ主義なところがあったんじゃないかと、ちょっと反省しています。
やはり何事も、正面から真面目に真摯に取り組む以外ないのでしょうね。
読んでいただいてありがとうございます。
ダメな自分を許してあげる
こんにちは。
人によって違うのかもしれませんが、私は50歳を過ぎて、だんだん自分にも他人にもゆるゆるになってきて、なにかしでかしても「まあ、いいか~」と、気にならなくなってきました。
コミュニケーション能力のなさで失敗したことは多々あり、以前だったら「どうしてあんなことしてしまったんだろう」と、後から何度も何度も自分を責めて追い込んで辛い気持ちになっていました。
人は人、自分は自分で比べてもしょうがないし、他人が自分に何も期待していないのと同じように、自分も自分が理想の姿にならないからといって悔しがる必要はないのです。
ダメな自分をそのまま受け入れて、許してあげる。
それに、コミュニケーション能力のある人=人格的に優れている、とは限らないわけで。
いわゆる「おばさん化」して、厚かましくなって、人の目が気にならなくなってきたんでしょうかね~(笑)まあそれでもいいけど。
読んでいただいてありがごうございます。
成績表のない小学校
こんにちは。
小学校に成績表(通信簿)がなかった、という人、あまりいませんよね。
私が通っていた小学校は、4年生の時に成績表がなくなりました。
あいまいな記憶ですが、3年生あたりからなにやら怪しい雰囲気になってきて、4年生では学年末に自分で自分を評価する査定表みたいなものを書かされて、それで終わりでした。
テストもありませんでした。
テストいつやるのかな~と思いつつ遊び呆けていたら、終わってしまったんです。
なので、私の小学校4年生の思い出は、遊んで遊んで遊びまくったことしかありません。
ごく普通の公立の小学校で、なんで成績表がなくなってしまったのか、まだ子どもだった私にはよくわからなかったのですが、後で母に聞いた話では、私が住んでいた地域は共産党がめっぽう強く、平等主義が行き過ぎてそうなってしまったのではないかと。
そういえば、うちは党員でもないのに赤旗が配達されていました。なんか、義理で取っていたそうです。
高校入試に関しても、学校間の格差をなくすためか地域の高校に振り分けられるようになって、受けたい高校を受けることが出来なくなってしまったようです。
でも、成績表もない、テストもない学校って、子どもにとってはまさに天国です🙌
今までの人生で最も幸せだった時はいつかと聞かれたら、小学4年の時と答えます(笑)
学校の裏は低い山になっていたのですが(私が住んでいたのは台地を切り開いた町だったので、山みたいな場所がたくさんありました)、そこに基地を作って毎日放課後になると探検したり、男子と「戦争ごっこ」をしたり、学校内でなにか工事をしていたのか、土管や廃材の板が校庭に無造作に置いてあったのでそれを利用してジャングルジムを板で囲ってなかに滑り台を作ったり、ぶら下がりシーソーの下に土管を持ってきて足で転がして遊んだり、教室で犬を飼ったり、もうやりたい放題の無法地帯でした。
不思議なことに、何をやっても怒られなかったのです。
今だったら校庭に工事機材をそのまま置くなんて考えられないですが、大らかな時代だったんですね~。
教室の横のテラスにはいつの間にか犬小屋が設置され、どこかからやって来た雑種の子犬はすくすく育ち、昼休みには裏山を散歩し、長期の休みには飼育責任者であったO君が家に引き取っていました。
しかし、そのパラダイス小学生生活は突然終わってしましました。隣の県に家を建てたので我が家は引っ越すことになったのです。
成績表があってもなくても、私はその町が大好きだったので、そこから離れるのは辛かったです。
私の友達できない続かない不幸な時代の始まりでした。
それはともかく、4年生の1年間、ほぼ勉強しなかったので、転校してからは大変でした。隣の県は、なんと、大変教育熱心な土地柄だったのです。
しかも、元の小学校の担任が調子のいいヤツで、私の成績を思いっきり良くつけたものですから、転校先の先生方は、ものすごい出来の良い子が来たと大歓迎しました(~_~;)
文系の科目はなんとか追いつきましたが、算数は「割合」の所で躓いてしまいました。やはり、4年の時にきっちりやらなかったツケが回ってきたのだと後で思いました。
その小学校がどうなったかは、何年か後に、友達から聞きました。
めちゃくちゃになってしまったそうです。授業中に勝手に教室を出入りしたり、学校からも出て行ったり、今で言う学級崩壊状態になって、荒れに荒れ、収拾がつかなくなり、元に戻ったそうです。
引越でその小学校を早々に去った私は難を逃れたので良かったのかもしれません。
でも、もし戻れるならいつに戻りたいかと聞かれたら、やっぱり4年生の時かな。
遊びほうける私たちを見て、先生が「おまえらは猿か!」と言ったのが忘れられません。
そう言っていた先生も、私たち生徒も、大笑いして、本当に楽しかったのです。
あのときのクラスの友達は今どうしているのかしら。この思い出は共有できるかなあ。
読んでいただいてありがとうございました_(._.)_