今日も一人でお昼ごはん

コミュ障・人見知りで友達のいないぼっちおばさん専業主婦のひとりごとです。

成績表のない小学校


 
 
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こんにちは。

小学校に成績表(通信簿)がなかった、という人、あまりいませんよね。

私が通っていた小学校は、4年生の時に成績表がなくなりました。

あいまいな記憶ですが、3年生あたりからなにやら怪しい雰囲気になってきて、4年生では学年末に自分で自分を評価する査定表みたいなものを書かされて、それで終わりでした。

テストもありませんでした。

テストいつやるのかな~と思いつつ遊び呆けていたら、終わってしまったんです。

なので、私の小学校4年生の思い出は、遊んで遊んで遊びまくったことしかありません。

ごく普通の公立の小学校で、なんで成績表がなくなってしまったのか、まだ子どもだった私にはよくわからなかったのですが、後で母に聞いた話では、私が住んでいた地域は共産党がめっぽう強く、平等主義が行き過ぎてそうなってしまったのではないかと。

そういえば、うちは党員でもないのに赤旗が配達されていました。なんか、義理で取っていたそうです。

高校入試に関しても、学校間の格差をなくすためか地域の高校に振り分けられるようになって、受けたい高校を受けることが出来なくなってしまったようです。

 

でも、成績表もない、テストもない学校って、子どもにとってはまさに天国です?

今までの人生で最も幸せだった時はいつかと聞かれたら、小学4年の時と答えます(笑)

学校の裏は低い山になっていたのですが(私が住んでいたのは台地を切り開いた町だったので、山みたいな場所がたくさんありました)、そこに基地を作って毎日放課後になると探検したり、男子と「戦争ごっこ」をしたり、学校内でなにか工事をしていたのか、土管や廃材の板が校庭に無造作に置いてあったのでそれを利用してジャングルジムを板で囲ってなかに滑り台を作ったり、ぶら下がりシーソーの下に土管を持ってきて足で転がして遊んだり、教室で犬を飼ったり、もうやりたい放題の無法地帯でした。

不思議なことに、何をやっても怒られなかったのです。

今だったら校庭に工事機材をそのまま置くなんて考えられないですが、大らかな時代だったんですね~。

教室の横のテラスにはいつの間にか犬小屋が設置され、どこかからやって来た雑種の子犬はすくすく育ち、昼休みには裏山を散歩し、長期の休みには飼育責任者であったO君が家に引き取っていました。

しかし、そのパラダイス小学生生活は突然終わってしましました。隣の県に家を建てたので我が家は引っ越すことになったのです。

成績表があってもなくても、私はその町が大好きだったので、そこから離れるのは辛かったです。

私の友達できない続かない不幸な時代の始まりでした。

それはともかく、4年生の1年間、ほぼ勉強しなかったので、転校してからは大変でした。隣の県は、なんと、大変教育熱心な土地柄だったのです。

しかも、元の小学校の担任が調子のいいヤツで、私の成績を思いっきり良くつけたものですから、転校先の先生方は、ものすごい出来の良い子が来たと大歓迎しました(~_~;)

文系の科目はなんとか追いつきましたが、算数は「割合」の所で躓いてしまいました。やはり、4年の時にきっちりやらなかったツケが回ってきたのだと後で思いました。

 

その小学校がどうなったかは、何年か後に、友達から聞きました。

めちゃくちゃになってしまったそうです。授業中に勝手に教室を出入りしたり、学校からも出て行ったり、今で言う学級崩壊状態になって、荒れに荒れ、収拾がつかなくなり、元に戻ったそうです。

引越でその小学校を早々に去った私は難を逃れたので良かったのかもしれません。

でも、もし戻れるならいつに戻りたいかと聞かれたら、やっぱり4年生の時かな。

遊びほうける私たちを見て、先生が「おまえらは猿か!」と言ったのが忘れられません。

そう言っていた先生も、私たち生徒も、大笑いして、本当に楽しかったのです。

あのときのクラスの友達は今どうしているのかしら。この思い出は共有できるかなあ。

 

読んでいただいてありがとうございました_(._.)_