今日も一人でお昼ごはん

コミュ障・人見知りで友達のいないぼっちおばさん専業主婦のひとりごとです。

空の巣症候群

 

こんにちは。

空の巣症候群って、近頃はあまり耳にしなくなりました。

最近私は子どもの巣立ちが徐々に近づいてきているのを感じて、辛い状況に陥らないように、心の準備をしているつもりなのですが。

子どもを育てたお母さんたちには避けて通れない道ですよね。

 

たまに修学旅行などで二人いる子どものどちらかが不在だと、家事がぐんと楽になって不思議な解放感を味わったりしました。

たまたま修学旅行や合宿の期間が重なって、子どもが二人ともいなくなると、家事の量がスカスカになってあれ~?みたいな状況になったり。

でも子どもが帰宅すると洗濯物がいつもの何倍にもなって結局大変なんですけどね(^^;)

 

そういう状況が半永久的に続くようになるのが空の巣症候群の原因になるのでしょう。

そりゃ家事の量が急に減ったらバランスが取れなくなるし、心身がおかしくなるのは当然だと思います。

 

今は、宵っ張りの子どもたちと夜中の2時くらいまでテレビを見たりお喋りしたりして楽しく過ごしていますが、このひとときもいつかはなくなるのだと自分に言い聞かせています。

 

夜の1人の時間を楽しめるようにならないとね。。。

それに、子どもたちには上手く巣立ってもらわないと困るし(笑)


読んでいただいてありがとうございました。(^人^)



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今まさに挫折を味わっている娘

 

こんにちは。

センター試験が終わっていよいよ今日から国公立大学の願書受付が始まりました。

娘もそろそろ受験する大学を、前期後期とも決めないといけないのですが、それがなかなか決まりません。

センターの点数が彼女の行きたい大学を受けるには少し足りないのです。

センター試験を失敗したわけではなく、順調に点数を伸ばして、今までのどの模試よりもよい点数を取ったのですが、行きたい大学はさらに上なので、「せんたくん」や「バンザイシステム」であまり良い判定はいただけませんでした。

親から見れば、センターの点数は娘の実力をそのまま反映したものなので十分納得できるものなのですが、もっと上を狙っていた娘にとってはまさに「失敗」の点数です。

 

冒険して、上の大学に挑戦するか、安全策をとって、妥当な所にするか、娘は悩みに悩んでいます。

センターの点数がもう少し上だったら・・・でもこの点数になってしまったのはまさに自分のせいで、悔しさやふがいなさで身の置き所がないかのように、ときに私に八つ当たりしてきます。プライドの高さに実力が追い付けないのです。

私も見ていて辛いですが、あまり口を挟まず見守るしかありません。

娘はどこに着地点を見つけるでしょうか。

 

 

 

 


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発達障害者の物語?

こんにちは。

かなり久々の更新になります。

娘の受験でなかなか余裕がなくて自分のブログはおろそかになっておりますが、他の方のブログは読ませていただいて星など付けさせていただいて楽しんでおります(^^)

受験が終わるまで不要不急の外出は控えているので、買い物に出る以外は家でちんまり過ごしていることが多いです。

昨日、新聞の書評欄で見つけた本で、電子版は出てないだろうと思ったら意外にもあったのですぐに購入してあっという間に読んでしまいました。

 

今村夏子さんの書かれた『こちらあみ子』という小説です。

私は知らなかったのですが、ピースの又吉さんが推していて、太宰治賞と三島由紀夫賞をダブル受賞している作品なので本好きな方には有名な本なのでしょうね。

 

ちょっとネタバレになります。

あみ子さんは何らかの障害があるらしく、人の気持ちや感情をうまく読み取ることができません。記憶力にも問題があるので、学習にもうまく取り組めず、学校ではいじめられ、とてもつらい状況にあります。

ですが本人はそういう自分の状況もわかっていないので、いたってのほほんと日々を過ごしているように見えます。

でも何かの拍子に自分の行動が何か変だったことを把握する瞬間があり、その時だけは彼女も辛さを味わってはいるようです。でもまたすぐにそれも忘れてしまいます。

 

そういうあみ子さんを支えている家族は、皮肉にも彼女の悪気のない行動で破壊され、バラバラになってしまいます。

私は特に彼女のお父さんに気持ちが寄り添い気味で、最終的には自分の手に負えなくなって娘をおばあさんに託して去ってしまうのですが、ひどいと感じつつも私ももし自分の子がこんなだったら逃げてしまいたくなるだろうなと思いました。

物語の趣旨とは外れますが、第三者(専門家)に入ってもらうのは重要だと思いましたね。家族は近すぎてうまく処理できなくなってしまうのかも。

 

とても重い話なのですが、それがあみ子さん本人の立場で書かれているので、物語全体の雰囲気は素朴でほわっとしていて読みやすく、そのギャップがより一層この小説の悲惨さを際立たせているようで、読後感はけっして明るくはありません。やりきれない悲しさが胸にずしんときます。

 

私はどうだろうと考えずにはいられませんでした。親の立場ではなく、自分の中にもあみ子さんの要素がけっこうあるんじゃないかと思って。

 

ただ一つ救われたのは、あみ子さんを特別視せずに普通に接していた坊主頭の同級生がいたことです。

あみ子さんのような子がクラスにいたら、おそらく大部分の人はいじめるか、かかわりにならないように行動すると思うのですが、そうではない、器の大きな人もいたのです。

彼はあみ子さんを嫌いもせず、同情もせず、特に優しくもなく(相手があみ子さんだとものすごく優しい子に見えるけれど)ごく普通に、対等に接しているのが素晴らしく、感動しました。

あんな風に振る舞える人間って、世の中にどのくらいの割合でいるのかしら。

 

この本にはもう一つ、『ピクニック』という短編も収められています。

こちらも、おそらく精神を病んでいるかと思われる女性の話で、でも周囲の接し方があみ子さんのケースとは逆で、私はかなり違和感を持ちました。なにか、おとぎ話を読んでいるような気分でした。

 

ここまでネタバレしてなんですが、良かったら読んでみてくださいね。

 

読んでいただいてありがとうございました。

 


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新年のご挨拶と年賀状のこととか

 

あけましておめでとうございます。

自分の事ばかり書いている役立たずのブログですが今年もそんな感じで続けていきたいと思っております。

いつもお付き合いいただいている方、読者になってくださった方、星をつけてくれる方、もちろん通りすがりで読んでくださっている方にも、心から感謝しております。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

自分のブログを始めてから、それまであまり興味のなかった他人様のブログを読むのが楽しみになりました。いつもありがとうございます。

 

お正月といっても、私も夫も親はすでに鬼籍に入っているので、それぞれの実家訪問というイベントはとうになくなっていて、家族4人だけで過ごしています。

親戚が集まるのは賑やかで楽しいものですが、なければないで気楽なもんです。

以前はお正月に温泉旅行などもしていましたが、子どもももう一緒に行きたがらなくなってしまっているのでお出かけイベントもなくなりました。

最近は私と夫だけで都心のデパートのセールに行くくらいですね。3日までは道も空いているのでドライブも快適です。

 

 さて、年賀状ですが、今どきはみなさんどのくらいの枚数を出されているのでしょう。

お仕事をされている方は取引先があるのでそれなりの数になるでしょうが、私のような完全な専業主婦だと親戚か古い知合い(最近知り合った人とはメールやラインの交換しかしないので)ぐらいしか出す人はいなくなります。

若い頃だと知り合いは多いに越したことはないので、年賀状だけのお付き合いも大切にしていましたが、50を過ぎると人生もそろそろ店じまいな感覚になって来て、もうこの先会うことがなくてもいいかな、という人には、喪中の年賀欠礼をきっかけに、年賀状そのものを止めたりしています。

上下関係のない相手だと、たいていこのやり方で年賀状のやり取りは終わりますね。

ちょっと寂しいですが、たぶん相手方にとっても面倒が減っていいのかも、と思っています。

なので、今年賀状を出している人たちは、この先、チャンスがあればまた会いたいなと思える人たちです。

相手がそう思っているかどうかはわかりませんが、今年はこのやり方で、私が出した人からは全員元旦に年賀状が届きました。需要と供給がぴったり一致した?(笑)

 

読んでいただいてありがとうございました。

 


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ジムでなくて事務のお話

 

こんにちは。

 

明け方まで勉強していた娘が力尽きてソファーですやすや寝ています。

その下の座布団でネコが丸くなってふがふが寝ています。

幸せな光景です。

常に暴風雨警報のような夫と暮らしていると、こういう平和な光景にほんとに癒されます。

子どもの寝顔はいくつになっても可愛らしいものですね。

 

私は今まで事務の仕事しかしたことがありません。

大学生のころは販売員とか塾の先生とかちょこっとやったことはありますが、4年生のとき週4日でバイトしていたのも法律事務所で、その頃普及し始めたばかりのワープロを使っての事務作業をしていました。

今思えばその頃にちゃんとなにか資格をとっておけばよかったのですが。。。

私は書類を作ったりする地味な作業がけっこう好きなので、卒業後もアパレル関係の会社に入って経理の仕事をしていました。

結婚して、夫が海外に行くことになるまでの間も、小さな貿易会社でやはり事務の仕事をしていて、タイプライターをカチャカチャ打っていました。

 

下の子が小学校に上がって働き始めましたが、それも事務のパートでした。

が、その会社は今まで私が経験してきた仕事とは比較にならないくらい大変な会社でした。

ブラックとかパワハラとかそういう事ではなく、とにかく毎日が綱渡りのような会社だったのです。

マンションやビルの管理会社の下請けの会社で、普通のメンテナンスだけなら楽なのですが、トラブル対応も24時間体制でやっていたので、常にトラブルありきの仕事でした。

 

緊急対応は、多いときは1日に5件とか10件とか入ってきます。

緊急専門の作業員なんていないので、通常のメンテナンス作業を行っている社員さんに連絡を取って、抜けても影響のなさそうな人に行ってもらいますが、それも限界があってもう全く身動きが取れなくなってしまうこともよくありました。

管理会社や被害にあっている居住者や管理人から催促の電話がじゃんじゃんかかってきて、その対応で自分の事務作業もできなくなってしまいます。

それに緊急の作業はやはり大変なので、社員さんもあまり行きたがらなくて、お願いするのもすごく気をつかいます。

さらに、そういう緊急対応は、正社員であろうがパートであろうが電話を取った人が最後まで責任を取ってあちこちに連絡をしないといけないので、そのプレッシャーもかなりなものでした

 

下請けの悲しさも初めて経験しました。

親会社は面倒な仕事は丸投げしてきます。本来は親会社がしないといけない作業(事務も含む)も回してきて何かミスがあれば全部こちらのせいにされ、さらに、料金の値下げをしつこくしつこく要求してきます。(結構な額をピンハネしているくせに)

断ればもううちには仕事を回さないと言ってきて、まさにパワハラでした。

でも、実はその仕事はなかなか大変な内容で、あまりやりたがる人もいない業種なのでライバル会社もほとんどなく、偉そうに言ってくる親会社も、結局はこちらに回すしかないのです。

なので、仕事の依頼は増える一方で、親会社はいくら断っても押し付けてくるのでした。

大変すぎて本当に下請けをやめてしまう会社もありました。

 

居住者からの電話対応も疲れました。

正確に言うと、その会社の取引先は親会社なので、居住者はお客様でもなんでもないのですが、何か勘違いしている居住者がたまにいて、無理難題を言ってきたり、全然関係のないことまでやってほしいと言ってきたり、偉そうな物言いだったりで、電話が終わるとぐったりすることもよくありました。

 

細かい事務作業も多く、時間も食うし、そういう人件費とか正確に計算したらほとんど利益の出ていない作業も多かったと思います。

仕事の依頼がどんどん増えて行って作業量が増えてももちっとも儲からないのです。

 

私が勤めていたのは支店だったのですが、本社もひどかったですねえ。同族会社ならではの面倒くさいことも多々ありましたがそれは伏せておきます(笑)

 

とにかく、事務員は、親会社にも管理人にも居住者にも作業員のお兄さんたちにも下請けさんにも本社にも頭を下げなくてはならなくて、本当にストレスフルな職場でした。

 

作業員のお兄さんたちもなかなか居つかなくて、人の出入りも激しかったです。

人の好いお兄さんは上の人から面倒な仕事を押し付けられ続けて嫌になって辞めていくし、どうしてこんな人を雇ったの?的な人はやはりすぐに辞めていきました。

 

パートとして10年勤めましたが、初めてのガテン系の会社での事務でした。いい勉強をさせてもらったと思っています。

それまでは、街を歩いても作業服を着たガテン系のお兄さんたちはほとんど目に入っていなかったのが、すぐ目に付くようになり、彼ら彼女らに日々の暮らしが支えられているのだなと、感謝するようになりました。

 

きっと今日も綱渡りのように作業をこなしていることだと思います。お疲れ様です。

 

読んでいただいてありがとうございました。

 

  


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格が違う。。。

 

こんにちは。

 

フィギュアスケート全日本選手権が終わりました。

いつもテレビで観戦しているのですが、毎回選手たちの笑顔や涙に胸を熱くしています。

今年は4連覇がかかっていた羽生選手がインフルエンザで出場できず、悔しい思いを味わったことだと思います。ゆっくり療養して、また世界選手権で復活してほしいですね。

羽生選手が不在なので、宇野選手がすんなり優勝するのかと思ったら、意外と苦戦していて、彼も悔しい思いを味わったことと思います。でもこの経験が将来につながるんでしょうね。世界選手権でも存分に力を発揮してほしいです。

 

そして浅田選手。

バンクーバーやソチでともに戦ってきた仲間たちがどんどん引退していく中、たった一人、まだ戦いを続けています。

私は今回の大会ほど彼女の存在の大きさを感じたことはありません。

特に、ショートプログラムの6分間練習での彼女の姿は、可愛らしいヒヨコたちの中にいる一羽の白鳥のようでした。(私は若い選手たちをディスるつもりはもちろんありません)

ああいうのを「格が違う」というのかな。。。

試合では膝の怪我の影響もあってジャンプが今一つ決まらず、他の部分でも彼女の理想とする演技はできなかったようですが、ソチオリンピックのころよりさらに磨きがかかった表現力、場の支配力にすっかり目を奪われ圧倒されてしまいました。

彼女の、私はスケートが大好き!っていう気持ちも溢れ出ていました。

(たま~にですが、この人ほんとはスケート好きじゃないんじゃないの?って感じさせる選手もいますよね(^^;))

 

この大会で大活躍した多くの若い女子選手たちも、おそらく、幼い頃に浅田選手の演技を見て、あんな風になりたいとスケートを始めたのではないかしら。

浅田選手の存在なくして今のスケート界の活況はなかったでしょうね。

彼女こそレジェンドだと思います。

これからも彼女の思うがままに、スケートを続けていってほしいと思っています。

 

読んでくださってありがとうございました。

 

 


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ツイッターも居場所がなくなりつつある。。。

 

こんにちは。

 

今日は大掃除するつもりはなかったのですが、ちょっと汚れているので拭いておこうがだんだんちょっとでなくなり、気が付けば台所全体の拭き掃除をしてしまっておりました。まあ綺麗になって気分良いですが、手袋しなかったので手が荒れるかも。

激〇ちくん、ほんとによく仕事しますよ~(^^)ほぼ洗剤なしでいけます。

 

Twitterを始めたのは2010年の秋。

その2年程前に某スポーツ選手のファンになり、しばらくは地道に試合を見に行って隣の人に声をかけたりネットで情報を集めたりしていたのですが、どうもみんなブログや掲示板からTwitterというものに移動していったいるということを知り、この流れに乗らないと情報が得られなくなると焦った私はTwitterがどういうものかもよく知らずにアカウントを作ったのです。

おっかなびっくりでしたが、とりあえずフォローした人に必ず声をかける、ということをしていたら、けっこう親切な人が多くて、あっという間にツイッター仲間が出来上がりました。

なので最初の1,2年はほんとに楽しかったです。

私は関西出身だからかわからないけど、なにか面白いことを呟いてフォロワーさんたちを笑かす、ということにハマってしまって、同じ関西出身者の人たちと所帯じみたことを呟きながら毎日盛り上がっていました。

そうこうするうちにオフ会をしよう、ということになり、ツイッターで知り合いになった全国の〇〇選手のファン30人くらいで集まったりしました。

ツイッターですでに親しくなっているので会は大いに盛り上がり、試合があるときは連絡を取り合って一緒に見に行って、そのあと飲み会でまた盛り上がる、というのが恒例になりました。

 

で、今はどうなっているのかというと、そのとき親しくしていた人たちは、もうほとんど呟かないか、RTだけする感じで、私のTLで盛んに呟いているのはいわゆる「負けん気の強い人」だけです(笑)

私ももうあまり呟かなくなってしまいました。とくにそのスポーツに関しては、もう安易に呟けなくなっています。。。

親しかった人たちともあまり連絡を取り合うこともなくなり、寂しいツイッター生活になってしまいました。

とりあえずアカウントは消さずに時々覗いています。

 

これってツイッター界ではよくあることなのかしら。

諸行無常といいますが、人間関係も常に移ろっていくものですね。

それにうまく乗っかっていかないと、またいつの間にか存在を忘れ去られてしまうのでしょう。

 

どうしてそうなってしまったか、については、長くなりそうなのでまた日を改めて書きます。ご興味があればまた読んでくださいませ。

 

読んでくださってありがとうございます。

 


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